電波の免許は、まだ値下がりしない——グローバルスターとイリジウムが買われる裏で、FCCの案は3週間で狭まった

📌 この記事は公開情報(米国FCCの規則案・意見書・連邦官報、各社の発表、総務省の資料、市場データ)にもとづく情報提供・解説であり、特定の銘柄の売買を勧めるものではありません。数値は特記なき限り2026年9月19日時点のものです。
スマホが衛星と直接つながるサービスは、携帯会社などが持つ免許のいる電波で動いています。その免許を持つ会社は、いままるごと買われています。
アメリカの通信当局は、そこに免許のいらない電波でも衛星とつなげないかという案を出しました。ただしこの案は、電波の免許の値打ちを脅かすところまでは進んでいません。何が起きて、何が起きなかったのかを一次資料で確かめました。
まず、何が起きたのか
アメリカの通信当局FCCが、Wi-FiとBluetoothが使う電波から衛星へ送れるようにする規則案を、2026年8月6日に採択しました。
FCC(連邦通信委員会)は、アメリカで電波の使い方を決める役所です。案は8月7日に公表され、9月8日に連邦官報に載りました。題は「免許不要の電波を、機器直結の通信に開放する」です。
対象は2つの帯域です。
- 2400〜2483.5MHz……Wi-FiとBluetoothが使っている帯域
- 5725〜5850MHz……屋外向けのWi-Fi機器などが使う帯域
アメリカでは、この2つは「パート15」と呼ばれるルールの下にあります。免許は要りませんが、技術基準は守る必要があるという枠組みです。そして、一般の免許不要の機器よりずっと強く出せます。送信機から1ワット、アンテナの利得を合わせて4ワット相当までです(36dBm)。この「強く出せる」ことが、今回の案の前提になっています。
条件は、守ってもらえないことです。 規則案は、衛星との通信を守ってもらえない代わりに、ほかの通信の邪魔をしないという条件つきで認めると書いています。つながらなくても、誰にも文句は言えません。
意見の締切は2026年11月9日、反論は12月7日です。
電波の免許には、いくら払われているか
衛星で使える電波がほしい会社は、免許を持つ会社をまるごと、数兆円で買っています。
規則案の冒頭で、FCC自身が最近の取引を並べています。
このほかにAST SpaceMobileが、ライガドの持つL帯の電波を使う契約を5億5,000万ドルで結んでいます。2026年の2件だけで、約200億ドルが電波ごと会社を買うために動いたことになります。
いま動いているスマホ直結の衛星通信は、携帯会社が免許を持つ電波を、衛星が間借りする形です。FCCが2024年に作った枠組みがこれにあたります。電波の買収がなぜ連鎖したのかは別の記事で追いました。
これらの値段は、「衛星に使える電波の免許は希少だ」という前提の上に乗っています。
今回のFCCの案は、その前提に穴を開けうる話です。免許を買わなくても通れる道ができるなら、免許の希少さは薄まります。 だから投資家にとっての問いは1つになります——この案は、免許の値段を脅かすのか。
開けかけた道は、3週間で狭まった
7月16日に配られた原案は3つの帯域を対象にしていましたが、8月6日に採択された版では2つに減っていました。
なぜ2つの版を見比べられるのか。 FCCは、委員が採決する会議の3週間前に、案の全文を公表します。誰でも読めますし、その間に関係者はFCCの担当者と面談もできます。つまり、配られたときの案と、採決されたあとの案が、どちらも公開されているわけです。
消えたのは、902〜928MHz帯です。 日本の920MHz帯にあたる電波で、電気や水道のスマートメーター、工場や農場のセンサー、アマチュア無線などが使っています。スマホよりも、機械どうしのやりとりに向いた電波です。
配られた原案には、こう書かれていました。
これら3つの帯域(902〜928MHz、2400〜2483.5MHz、5725〜5850MHz)について意見を求める
採択された版は、こうです。
これら2つの帯域、すなわち2400〜2483.5MHzと5725〜5850MHzについて意見を求める
2つの文書を1文ずつ突き合わせました。 902〜928MHz帯が消えたのは、この1文だけではありません。規則に書き足す条文の案からも、免許をどう与えるかの例からも、「衛星から地上へ送る向きも認めるべきか」という問いからも消えています。文書に「902」という数字が出てくる回数は、14回から1回に減りました。しかも残った1回は、別の会社が昔もらった例外の説明です。つまり、この帯域の話が丸ごと落ちました。
逆に、増えたものもあります。
- 意見の締切が30日から60日に延びました(反論は60日から90日へ)。関係者が調べて書く時間が2倍になったということです
- 安全保障の記述が増えました(言及は13回から16回)。危ない機器を並べた一覧と関連する法律の説明が加わり、免許のいらない電波を衛星に開けると悪用の入口にならないか、という問いが足されています
- アマチュア無線の割当が明記されました。たとえば2400〜2417MHzではアマチュア無線が最優先である、といった事実が脚注に書き足されています
安全保障の記述があとから足されたことは、委員自身の言葉でも裏づけられます。ゴメス委員は採択の声明にこう書きました。
委員長がこの項目に安全保障の保護を強める文言を入れたことを評価する
その3週間に、誰が来ていたか
FCCは、帯域が消えた理由を書いていません。分かるのは、消える前の3週間に誰が会いに来ていたかだけです。
アメリカでは、審議中の案件でFCCの担当者と会ったら、いつ・誰と・何を話したかを届け出る決まりになっています。届出は誰でも読めます。この案件の届出を全部取り出して、原案が配られた7月16日から採択の8月6日までを並べました。来ていたのは、大きく3つの立場です。
①「900MHz帯だけは別に扱ってほしい」と言った会社
ネクストナブは、その900MHz帯で位置を割り出すサービス(GPSが届かない場所でも居場所が分かる仕組み)を作ろうとしている会社です。7月27日、委員長室の顧問と面談し、900MHz帯については追加で意見を聞くべきだと求めました。挙げた理由は3つです。
- お金を払って買った電波かどうかが違う。 2.4GHzと5.8GHzは競売にかけられたことがないのに対し、900MHz帯の位置情報サービスの免許はすべて競売で買われたものです
- 使われ方が違う。 2.4GHzと5.8GHzはWi-FiやBluetoothで混み合っているが、900MHz帯は機械どうしの通信が中心です
- 安全保障の問題がある。 この帯域向けの機器には中国製があり、FCCの機器認証も、Wi-FiやBluetoothの業界団体の安全手順も通っていないものがあります
②「まず既存の使い方を守れ」と言った側
ARRL(全米アマチュア無線協会)は7月29日、アマチュア無線の割当が原案では十分に扱われていないとして、規則案に明記するよう求めました。
7月30日には、ブロードコム・インテル・シスコの3社が連名で、委員長室・2人の委員の補佐官・技術部門・宇宙局に説明しています(9ページ)。求めたのは、いまのWi-Fiの使い勝手を落とさないと明記すること、変更は必要最小限にとどめること、そして意見の締切を60日にすることでした。
③「もっと広げろ」と言った衛星側と、その反論
7月31日、スペースXは反対の方向を求めました。3つの帯域に限定せず、ほかの帯域も含めて衛星が使える電波の総量を増やす議論にせよ、という中身です。
これに、8月3日、CTIA(米国の携帯会社の業界団体)が名指しで反論しました。
原案は7月16日に公表されたのに、スペースXは7月31日まで何も出さなかった。この土壇場の提案は審議の範囲を大きく広げるもので、公共の利益にならない
⚠️ 7月31日は、この案件で新しい働きかけができなくなる期間が始まった日です。採決の直前に外からの申し入れを止める決まりがあり、スペースXが出したのはその初日でした。
そして3日後の8月6日、案は採択されました。 帯域は3つから2つに減り、締切は60日になり、アマチュア無線の割当は明記されました。スペースXが求めた拡張は、入っていません。
ただし、FCCは理由を説明していません。 分かるのは順番と中身が一致していることだけで、誰かの求めが通ったと証明するものではありません。
関連企業と日本の接点(KDDI・9433/ソラコム・147A)
日本でも2.4GHz帯は免許なしで使えますが、送信機から出せる電力は米国の4分の1ほどで、5.8GHz帯はそもそも日本の無線LANの帯域ではありません。
| 会社 | 市場 | この議論での位置 |
|---|---|---|
| グローバルスター | 米ナスダック(日本の取引所には上場していません) | 今回の対象帯域のすぐ隣にある2483.5〜2495MHzの免許を持つ。アマゾンが買収を発表済み |
| イリジウム | 米ナスダック(同上) | 衛星通信の老舗。ロケットラボが買収を発表済み |
| AST SpaceMobile | 米ナスダック(同上) | 携帯の免許帯を使うスマホ直結。ライガドのL帯も借りる |
| ネクストナブ | 米ナスダック(同上) | 900MHz帯で位置情報サービスの免許を持つ。今回、その帯域が対象から外れた |
| ブロードコム/インテル/シスコ | 米ナスダック(同上) | Wi-Fi機器の側。3社連名で「既存の運用を乱すな」と申し入れ |
| KDDI | 東証プライム(9433) | 日本で衛星ダイレクト通信を提供。使うのは携帯の免許帯で、今回の案とは方式が違う |
| ソラコム | 東証グロース(147A) | IoT向けの通信を提供。免許不要帯の機器が衛星につながるようになれば、つなぎ方の選択肢が増える側 |
⚠️ この値動きは、今回の規則案では説明できません。 グローバルスターとイリジウムは買収の発表で動いており、日本の2社は事業の幅が広く、この話だけで動く銘柄ではないためチャートには入れていません。
日本の制度はどうなっているか。 総務省の資料で確かめました。
- 日本でも2400〜2483.5MHzは免許不要です(電波法第4条。無線LANやBluetoothが使う「小電力データ通信システム」)。屋内・屋外・上空のいずれでも使えます
- ただし送信機から出せる電力(空中線電力)は、無線LANで260mW/200mW、その他は10mWです。アメリカは同じ2.4GHz帯で1,000mWまでなので、送信機の側だけ見ても4分の1ほどになります
- 5725〜5850MHzは、日本の無線LANの帯域に入っていません(日本は5470〜5730MHzまで)
- 日本で始まっている衛星ダイレクト通信は、携帯会社の免許帯を使う方式です
つまり、同じことを日本でやろうとしても、いまの技術基準のままでは電波が弱く、制度も用意されていません。アメリカの案が前に進んだとしても、日本でそのまま使えるようになるわけではありません。
フクリの見方
電波の免許の値段は、この案では当分崩れません。
免許のいらない道は、開く前に1帯域ぶん狭まったからです。
配布から採択までの3週間で、対象は3帯域から2帯域へ。残った2帯域も条件は「守ってもらえない」ままで、広げろと求めたスペースXの主張は入りませんでした。
アマゾンとロケットラボが払う1株90ドル・1株54ドルという値段は、免許の希少さを前提にしています。その前提を崩す材料は、今回は出ていません。
2026年11月9日に意見、12月7日の反論。免許を持つ側がどれだけ反対の記録を積むかで、次の一歩の通りやすさが決まります。
反対の材料もあります。 FCCは採択版でも「ほかに検討すべき帯域はあるか」と聞き続けており、扉は閉じていません。技術的にも、すでにBluetoothの信号を衛星で受け取る免許が1件下りています(2026年2月・ハブル・ネットワーク。ただし1か所からの断続的な利用に限られた条件つき)。それでも、値段が動くほどの変化になるには、最終規則まで最低でも1年かかります。
そのうえで、3つ釘を刺します
この見立てが外れる条件
この記事で追う指標は4つです。
| いつ | 何を見るか |
|---|---|
| 2026年11月9日 | 意見の締切。免許を持つ側(携帯会社・衛星会社)が反対の記録をどれだけ積むか。薄ければ次の一歩は通りやすくなります |
| 2026年12月7日 | 反論の締切。スペースXとCTIAの対立が続くか |
| その後 | 最終規則。帯域が2つのままか、900MHz帯が戻るか、出力の条件がどうなるか |
| 2027年 | アマゾン=グローバルスター、ロケットラボ=イリジウムの買収完了。止まれば免許の値段の物差しが消えます |
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まとめ(3行)
情報源
- 米国FCC:Unleashing Unlicensed Spectrum for Direct-to-Device(FCC 26-51・2026年8月6日採択)
- 連邦官報:同規則案(91 FR 57110・2026年9月8日)
- 米国FCC:委員の採決前に配布された原案とファクトシート(FCC-CIRC2607-01・2026年7月16日)
- 米国FCC:意見書データベース(ET Docket 26-169)
- アマゾン:グローバルスターの買収発表(2026年4月14日)
- ロケットラボ:イリジウムの買収発表(2026年6月29日)
- 米国SEC:グローバルスター 2026年3月期 四半期報告(Sバンド2483.5〜2495MHzの記載)
- 総務省:小電力データ通信システム(無線LAN等)
- 総務省 北海道総合通信局:NTNをはじめとする電波政策の最新動向(2026年1月28日)
- 株価=Yahoo Finance(2025年9月18日〜2026年9月18日の日次終値)
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