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原油は余っているのに、軽油の在庫が30年前の水準まで減った——米国の製油所は97%で回っています

2026.08.24 ・ 執筆:フクリ
原油は余っているのに、軽油の在庫が30年前の水準まで減った——米国の製油所は97%で回っています

📌 本記事は公開情報(米エネルギー情報局の公表データ、各社の発表、報道、市場データ)にもとづく情報提供・解説であり、特定の銘柄の売買を勧めるものではありません。数値は特記なき限り2026年8月24日時点のものです。

原油は足りています。 世界の原油市場は、当面の供給に余裕があるという前提で動いています。

それなのに、軽油だけが足りません。

2026年8月17日と18日、米国で軽油の「利ざや」が1バレルあたり100ドルを超えました。 複数の媒体が、これを「史上初」だと報じています

この数字を、公表データで計算し直しました。 結果は違いました。2022年のほうが高かったのです。

ただし、逼迫そのものは本物でした。 米国の在庫は1996年以来の少なさです。しかも米国の製油所を97.2%というほぼ全力で回した上での数字です。

「利ざや」とは、何と何の差なのか

原油はそのままでは燃料になりません。 製油所で熱して分けることで、ガソリン・軽油・灯油などになります。

この記事で「利ざや」と呼んでいるのは、クラックスプレッドという指標です。製品の値段から、原料である原油の値段を引いた差を指します。原油を「割る(crack)」ことで得られる上乗せ幅、という意味です。

計算は単純です。

この幅が広がるほど、原油を仕入れて製品にして売る側=製油会社の取り分が増えます。 逆に、燃料を買って使う側=運送・農業・建設のコストが増えます。 同じ数字が、立場によって正反対に効きます。

⚠️ ただしこの指標は市況の目安であって、製油会社の実際の利益そのものではありません。 各社は原油の調達条件・在庫の評価・ヘッジ・地域差によって、この幅どおりに稼げるわけではありません。

「史上初」は、公表データでは再現できません

Doombergは2026年8月23日の記事で、こう書いています。

The diesel crack spread in the United States hit triple digits this week, for the first time ever.(米国の軽油のクラックスプレッドが今週、史上初めて3桁に乗った)

同じ表現は、他の媒体にも並んでいます。 ある媒体は8月17日の102.20ドルを「過去最高」とし、比較対象として2026年3月中旬の97〜98ドルを挙げていました。2022年には触れていません。

そこで、米エネルギー情報局が公表しているスポット価格で、2006年から2026年まで通して計算しました。

2006年から2026年8月18日までの5,060営業日のうち、上乗せ幅が100ドル以上だった日は28日でした。 そのうち26日が2022年で、2026年は8月17日と18日の2日だけです。

歴代の最高値は2022年5月11日の118.74ドルでした。

別の物差しでも確かめました。 ニューヨーク商品取引所の軽油先物とWTI先物の終値で計算すると、2000年9月以降で100ドル以上は7日。最高は2022年4月28日の110.33ドル、今回は8月18日の101.96ドルです。

さらに、米国には代表的な取引地が2つあります。

日付メキシコ湾岸ニューヨーク港先物終値
2022年4月28日116.96112.76110.33
2022年10月28日104.09116.69103.19
2026年8月17日99.68104.30101.86

メキシコ湾岸は99.68ドルで、100ドルに届いていません。 今回3桁に乗ったのはニューヨーク港だけです。

各媒体が「史上初」と書いた根拠には、どの地域の・どの取引所の・スポットか先物かという物差しが明記されていません。そのため、こちらが再現できないだけの可能性は残ります。別の物差しでなら史上初なのかもしれません。 ただ、物差しが書かれていない以上、読者はそれを確かめられません。

この記事の立場は、「各媒体が間違っている」ではありません。 公表データで確かめられる範囲では、2022年のほうが高かった——それだけです。

本当に効いているのは在庫のほうです

では今回は、大したことがないのでしょうか。 そうではありません。むしろ逆です。

値段より在庫を見てください。

⚠️ なお「留出油」には軽油のほかに暖房油なども含まれます。 軽油だけを切り出した週次の在庫統計は公表されていないため、逼迫の度合いを見る代わりの指標として使っています

2026年8月14日時点の米国の留出油在庫は1億562万バレル。 1982年まで遡って8月中旬の週を並べると、これより少なかったのは1996年の2週だけです。

ここからは米国の数字です。 ロシアの製油所が止まった分を、輸出できる国が埋めにいきます。米国はその中心にいます。

そして、ここが今回の核心です。

米国の数字2022年8月中旬2026年8月中旬
留出油の在庫1億1,226万バレル1億562万バレル
製油所の稼働率93.5%97.2%
留出油の生産量日量517.8万バレル日量522.6万バレル

2022年8月の米国の稼働率は93.5%でした。 何かあれば、まだ引き上げる余地が残っていました。

今回は97.2%です。 たくさん作っていないから在庫が少ないのではありません。過去より多く作った上で、それでも積み上がらないのです。

統計の上では、引き上げる余地がほとんど残っていません。

稼働率とは、製油所の設備能力に対して、実際にどれだけ動かしているかの割合です。定期的な補修や設備の制約があるため、100%まで上げられるものではありません。

なぜ足りなくなったのか

起点の日付がはっきりしています。

2026年7月8日、ロシアが軽油の輸出を全面的に禁止しました。 ノヴァク副首相が、プーチン大統領が議長を務めた政府の会合で発表したものです。理由は、ウクライナのドローン攻撃で製油所が動かせなくなり、国内向けを優先する必要が出たことでした。

ロシアは2025年に、世界の軽油供給の約11%を占めていました(ブルームバーグがVortexaのデータとして報じたもの)。その約1割が、市場から抜けました。

⚠️ 止まった製油所と、全力で回っている製油所は別の国のものです。 動かせなくなったのはロシアの製油所で、97.2%で回っているのは米国の製油所です。抜けた供給を埋めようとして米国が稼働を上げ、それでも米国の在庫は積み上がらない——という関係になっています。

攻撃による被害の規模については、コンサルティング会社Macro-Advisoryが「ロシアの精製能力のおよそ3分の1が停止した」との見方を示しています。 ⚠️ これは同社の推計であって、確認された数字ではありません。

7月7日の上乗せ幅は70.01ドル、7月8日は81.60ドルでした。 発表のあった当日に11.6ドル動いています。

1日の値動きの理由を1つに絞ることはできません。 需要・輸入・季節性も同時に効いています。ここで言えるのは、発表と同じ日に水準が切り替わり、その後も戻っていないという事実までです。

なぜ軽油だけなのか。 軽油は、トラック・鉄道・船・農業機械・建設機械という、電気やガソリンで簡単には置き換えられない用途を握っています。収穫期と物流の繁忙期が重なる秋に向けて、需要は落ちません。

そして、作る側の事情もあります。 軽油は精製工程の中でも設備の制約を受けやすく、「原油が余っているから増やせばいい」という話にならないのが、原油と製品が別々に動く理由です。

関連企業と日本の接点

上乗せ幅が広がると、原油を仕入れて製品にして売る側の取り分が増えます。 一方で、燃料を買って使う側の負担は増えます。 同じ数字が正反対に効くので、分けて見ます。

上乗せ幅の拡大が収益に直結しうる企業(米国・製油)

企業コードこの話での位置参考株価(終値)
バレロ・エナジーVLO(NYSE)米国最大級の独立系製油会社。日本の取引所には上場していません348.86ドル〈8/21〉
マラソン・ペトロリアムMPC(NYSE)米国最大の精製能力を持つ。同上360.72ドル〈8/21〉
フィリップス66PSX(NYSE)精製と物流を併せ持つ。同上242.87ドル〈8/21〉

燃料が原価に直結する側

企業コードこの話での位置参考株価(終値)
オールド・ドミニオンODFL(NASDAQ)米国の長距離トラック輸送。日本の取引所には上場していません206.47ドル〈8/21〉
NIPPON EXPRESSホールディングス9147日本の総合物流。燃料費は費用の一角5,661円〈8/24〉

日本の元売3社(精製マージンの動きが見える)

企業コードこの話での位置参考株価(終値)
ENEOSホールディングス5020国内最大の石油元売。精製から販売まで1,324円〈8/24〉
出光興産5019国内2位。精製と石化1,377円〈8/24〉
コスモエネルギーホールディングス5021国内3位。精製と風力発電4,271円〈8/24〉

⚠️ この一覧は、話に関係する企業を整理したものであって、投資対象として推奨するものではありません。 各社は事業構成が異なり、精製以外の要因でも業績と株価は動きます。株価は変動しますので、最新の値はYahoo!ファイナンスなどでご確認ください。

では、株価はどう動いてきたのか。 表に挙げた上場企業を、1年前を100として指数化して並べます。

注目すべきは、燃料を使う側が下がっていないことです。 NIPPON EXPRESSは指数175、オールド・ドミニオンは130。「製油が得をして運送が損をする」という単純な形には、なっていません。

理由の一つは、燃料サーチャージという仕組みです。 運送会社は燃料価格の変動を運賃に転嫁する契約を持っていることが多く、上がった分がそのまま利益を削るわけではありません。 ただし転嫁には時間差があり、急な値上がりの直後は負担が先に来ます。

フクリの見方

この記事の見立ては、「騒ぐべきは値段ではなく、余力がなくなっていることだ」というものです。

理由は1つです。 2022年の米国には稼働率に4ポイント近い余地がありましたが、今回は97.2%で、引き上げられる幅がほとんど残っていません。

2022年の危機は、価格の高さで記憶されています。 上乗せ幅は118ドルまで開き、今回より14ドル高い水準でした。しかしあのときは、米国の製油所がまだ全力ではありませんでした。 稼働を上げて対応する余地があり、実際に翌年には在庫が戻っています。

今回は、最初から全力です。 生産量は2022年より多く、稼働率も高い。それでも在庫は30年前の水準まで減りました。

この状態で怖いのは、次に何かが1つ止まることです。 ハリケーンで湾岸の製油所が数日止まる、設備の不具合で1基抜ける——平常時なら在庫と稼働の引き上げで吸収できる出来事が、いまは吸収する場所がありません。

だから、見るべきは「利ざやが何ドルか」ではなく、「在庫が積み増せているか」のほうだと考えます。

確かめられる指標を3つ挙げます。 いずれも米エネルギー情報局が毎週水曜に公表しており、誰でも無料で見られます。

見る指標いまの水準どう転べば見立てが外れるか
留出油の在庫1億562万バレル(8/14)4週続けて増え、1億2,000万バレル台に戻る
米国の製油所の稼働率97.2%(8/14)稼働が下がっても在庫が減らない状態になる
ロシアの輸出禁止継続中(7/8発表)解除され、供給の約1割が戻る

この見立てが外れる条件

投資として見るときの注意

エネルギーの供給が政治で止まる例は、これが初めてではありません。 黒海の港が事実上使えなくなった件は海に面しているのに、船が来ないで、電力が政治のコストになり始めた件は10年かけて誘致した知事が、自分で止めたで扱いました。燃料が輸入に依存する日本にとっては、円安・円高の影響も重なります。

数字は自分で確かめられます。 今回使ったデータは、すべて米エネルギー情報局が無料で公表しているものです。「史上初」と書かれていたら、まず物差しを探す。 それだけで、見える景色が変わることがあります。

まとめ(3行)

情報源

免責事項

本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の投資勧誘や投資助言を行うものではありません。投資にともなう最終的な判断は、ご自身の責任で行ってください。記載内容の正確性には努めていますが、その完全性・将来の結果を保証するものではありません。

フクリ
フクリ Fukuri編集部のナビゲーターです。海外の投資・経済ニュースを、一次情報にあたって日本の読者向けにまとめています。記事の企画・編集・公開の責任は、運営責任者が負っています。
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