濃縮ホウ素をつくれる日本の会社は1社だけ——その最大の客が、自分で作り始めた

📌 本記事は公開情報(各社の公表資料、有価証券報告書、法令、報道)にもとづく情報提供・解説であり、特定の銘柄の売買を勧めるものではありません。数値は特記なき限り2026年9月5日時点のものです。
原子炉を止めるとき、燃料棒を引き抜くだけでは足りません。水に溶かした薬品で、反応そのものを抑えます。
その薬品の主役が、ホウ素という元素のうち重さの軽いほうの一種類だけです。
濃くしたほうを濃縮ホウ素と呼びます。原子炉の水に溶かし、制御棒に詰め、使用済み燃料の容器に入れます。
これを99%以上まで濃くできる会社は、日本に1社しかありません。
何が起きたのか
2026年6月23日、中国・山東省東営市で、ホウ素10の分離設備が動きはじめました。
上海化工研究院(SRICI)と山東和以気体が手がけたもので、設計・建設から全力運転までを18か月で終えたと発表されています。濃縮度は99.7%。現在は25トンの合格品を安定生産していて、設備そのものは100トン規模とされています。
中国石油和化学工業連合会の李斌副会長は「この戦略物資が国内で自主的にコントロールできるようになった」と述べ、高純度のホウ素10を大規模に生産できる数少ない国の1つになったと説明しています。
⚠️ これは中国の国営メディアが科技日報を引用して報じたもので、第三者による検証はされていません。 また「100トン規模」「25トン」がホウ素10そのものの重さなのか、ホウ酸などの化合物に換算した重さなのかは書かれていません。後で出てくる日本の数字と、そのまま引き算してはいけません。
それでも、この発表が何を狙って出されたかは、はっきりしています。記事の中に「長らく海外の供給者に支配されてきた戦略同位体」という一文があります。
その「海外の供給者」の1社が、日本にあります。
濃縮ホウ素とは何か
ホウ素という元素には、重さの違う2種類があります。ホウ素10が約20%、ホウ素11が約80%。天然のホウ素はこの割合で混ざっています。
中性子を吸うのは、ホウ素10だけです。しかも極端によく吸います。熱中性子に対する吸収の目安は約3,840バーンで、ホウ素11はほとんど吸いません。
だから原子炉では、この2割のほうだけを取り出して濃くします。
濃くすると、量が5分の1で済みます
濃縮ホウ酸を使う理由は、性能というより運転の楽さにあります。ステラケミファの説明はこうです。
使い道は原子炉の中だけではありません。同社の資料には5つ挙がっています。加圧水型原子炉の一次冷却水に溶かして余分な反応を抑える。特定重大事故等対処設備の水源。使用済み核燃料の輸送・貯蔵容器の中性子吸収材。制御棒の材料や、使用済み燃料プールのラック材。そしてがん治療薬の原料です。
半導体は、逆に「抜いたほう」を欲しがります
ホウ素は半導体でも使われます。ただしホウ素10は邪魔者です。
ホウ素10が宇宙線由来の中性子を吸うと、アルファ線とリチウムの原子核が飛び出します。これがメモリのデータを勝手に書き換えます。ソフトエラーと呼ばれる現象です。ホウ素を含むガラス膜を使ったSRAMは、使わないものに比べてソフトエラーの発生率がおよそ1桁高かったという研究があります。
対策は単純で、ホウ素10を抜いたホウ素に置き換えることです。それだけでパッケージから出るアルファ線の量が1000分の1以下になると報告されています。
濃縮とは分離ですから、片方を濃くすれば、もう片方は必ず残ります。 原子力向けにホウ素10を集めるほど、半導体が欲しがる「ホウ素10の少ないホウ素」も同時に生まれます。
⚠️ ステラケミファがこの「抜いたほう」を売っているかどうかは、決算説明資料と製品ページを見た範囲では見当たりませんでした。
日本で作っているのは1社です
ステラケミファ(東証プライム・4109)。大阪の会社で、本業は半導体を洗う高純度のフッ酸です。主力の高純度薬品事業は売上317億円で、その70%が半導体部門。濃縮ホウ素が入るエネルギー部門は3%です。全社の売上368億円で計算し直すと3.1%にあたります。
「日本に1社だけ」というのは、こちらの推測ではありません。ステラファーマが2023年6月に取引所へ出した開示に、こう書かれています。
BNCTに必要不可欠な原料の高濃縮ホウ素は、当社の関係会社であるステラケミファ株式会社が国内で唯一、その濃縮技術を有しており、当社は安定した供給を受けております。
ホウ素との縁は古く、有価証券報告書の沿革によれば1963年に三フッ化ホウ素ガスの国産工業化に成功しています。濃縮のプラントが完成したのは2000年11月、大阪府泉大津市。会社は「濃縮ホウ素の大量生産技術を国内で初めて確立」と書いています。
| ステラケミファの濃縮設備 | |
|---|---|
| 場所 | 大阪府泉大津市(泉工場) |
| 稼働 | 2000年11月 |
| 濃縮度 | ホウ素10を99%以上 |
| 製造能力 | 濃縮ホウ素10Bで年6トン(濃縮ホウ酸に換算すると年36トン) |
⚠️ この6トンと、中国側の「100トン規模」を直接くらべることはできません。 中国側は換算の基準を示していません。
輸出には国の許可が要ります
濃縮ホウ素は、日本の輸出管理で名指しされている貨物です。輸出貿易管理令別表第一の五の項について定めた省令の第4条第25号に、こう書かれています。
ほう素、ほう素化合物若しくはほう素混合物又はこれらの半製品若しくは一次製品であって、ほう素一〇のほう素一〇及びほう素一一に対する比率が天然の比率を超えて濃縮されたほう素から構成されるもの又はそのほう素を含むもの
天然の割合を超えて濃くした時点で、対象になります。 ステラケミファ自身も有価証券報告書のリスク項目で、安全保障貿易管理の規制を受けていると書いています。
つくれる会社が1社しかなくて、しかも国の許可がないと出せない。 この製品はそういう位置にあります。
売上は、すでに半分になっていました
濃縮ホウ素が入るエネルギー部門の売上は、こう動いています。四半期の数字は、会社が出している累計から引き算して出したものです。
| 期 | エネルギー部門の売上 | 前期比 |
|---|---|---|
| 2025年3月期 | 2,051百万円 | — |
| 2026年3月期 | 1,135百万円 | △44.7% |
| 2027年3月期(会社予想) | 前期と同水準を想定 | — |
1年で44.7%減っています。 そして四半期を引き算すると、この事業の性格が出てきます。
2025年3月期の4Qだけで1,061百万円を売っていた部門が、2026年3月期の4Qは16百万円でした。年間の売上の半分以上が、ある1つの四半期にまとまって立っていたわけです。
会社は2026年2月の3Q資料で、その理由をこう書いていました。
エネルギー部門の濃縮ホウ素(ボロン10)において納品先の工期進捗等により4Q出荷予定分が遅れる可能性がある
遅れる可能性は、そのまま起きました。
そして直近です。2027年3月期の1Qは23百万円で、前年同期の89百万円から73.6%減でした。
この商売は、原子炉を新しく建てるたびに大口で入る受注で動いています。 建てるスケジュールがずれれば、四半期の売上は消えます。
売り先は、今のところ中国が中心です
第83期(2026年3月期)の有価証券報告書に、こう書かれています。
堅実に需要を拡大してきた原子力関連施設で用いられる濃縮ホウ酸においては、足元では中国への販売が中心となっていることから、カントリーリスクを勘案し、日本・欧州・北米等のエネルギー政策に対応した販売拡大を目指してまいります。
会社は、中国に寄っていることを自分でリスクとして書いています。 この報告書が近畿財務局に提出されたのは2026年6月18日でした。
その5日後の6月23日に、中国は自前の設備を動かしました。
原料の側も同じ方向を向いています。同じ報告書には「主に中国から調達している主要原材料の調達先のさらなる分散化に向け取り組んでまいります」とあります。買うのも中国、売るのも中国という構図です。
中国は7月にも、8基の建設を承認しています
2026年7月31日、中国の国務院常務会議が原子炉8基の建設を承認しました。 浙江金七門・広東太平嶺・遼寧庄河・山東莱陽の4か所です。炉型はすべて加圧水型の華竜1号で、うち4基は2.0版の実証プロジェクトです。
加圧水型は、一次冷却水にホウ酸を溶かして反応を調整する炉です。中国が承認する炉は、そのままホウ素10の需要になります。
つまり中国から見れば、需要は自国にあり、供給も自国で持てるようになったということになります。
一方、日本側の需要は性格が違います。日本原子力文化財団の一覧では、審査を終えた加圧水型は関西電力の美浜3号・大飯3号4号・高浜1〜4号、四国電力の伊方3号、九州電力の玄海3号・川内1号2号です(2025年12月10日現在)。
どれも新設ではなく再稼働です。 新しい炉を建てるときのような、まとまった初回の需要にはなりません。
もう一つの出口は、がん治療です
ホウ素10には、原子炉以外の使い道があります。ホウ素中性子捕捉療法、略してBNCTです。
がん細胞に集まる薬でホウ素10を送り込み、外から中性子を当てます。ホウ素10が中性子を吸って壊れるとき、細胞1個ぶんくらいの距離しか飛ばない粒子が出ます。がん細胞の中で爆発が起きて、隣の正常な細胞は傷つきにくい、という理屈です。
この薬をつくっているのがステラファーマ(東証グロース・4888)です。ステラケミファが2007年6月に100%子会社として設立し、2022年3月に関連会社へ変わりました。
同社の有価証券報告書には、こう書かれています。
当社は、ステラケミファ㈱が持つホウ素同位体の高濃縮技術に着目し、がん治療におけるBNCTの活用に向けて、より効果的なホウ素薬剤の開発を進めてまいりました。
ステラケミファの濃縮技術が先にあって、それを使う薬が後から生まれたという順番です。
製品名はステボロニンで、一般名はボロファラン(10B)。2020年3月にBNCT用ホウ素薬剤として世界で初めて承認され、同年5月に切除不能な局所進行・局所再発の頭頸部がんで保険適用になりました。中性子を当てる装置は住友重機械工業(6302)のNeuCureです。ただしステラファーマは開示のなかで、住友重機械工業を含めた複数の加速器メーカーと開発段階から連携していると書いています。
そして2026年3月、ステラファーマは再発髄膜腫と血管肉腫への適応拡大を申請しました。承認の見込みは2026年末ごろとされています。
ただし規模はまだ小さく、第18期(2024年4月〜2025年3月)の売上は9億6,105万円、経常損失は1億3,786万円です。
関連企業と日本の接点
確度で3段に分けています。
| 区分 | 企業 | 上場 | この件での位置 |
|---|---|---|---|
| ① 当事者 | ステラケミファ | 東証(4109) | 国内で唯一、ホウ素10を99%以上に濃縮。年6トン。売り先は今のところ中国が中心 |
| ① 当事者 | ステラファーマ | 東証(4888) | ステラケミファの濃縮技術に着目して2007年に設立。BNCT薬ステボロニン |
| ① 当事者 | 上海化工研究院(SRICI) | 未上場 | 2026年6月に稼働した中国の分離設備を手がけた。個人は直接買えません |
| ① 当事者 | 山東和以気体 | 未上場 | 同じ設備の共同実施者。個人は直接買えません |
| ② 需要側・装置側 | 住友重機械工業 | 東証(6302) | BNCTの中性子照射装置NeuCure。ステボロニンと組んで使われる |
| ② 需要側・装置側 | 関西電力 | 東証(9503) | 国内で最も多くの加圧水型を運転する。ホウ酸を使う側 |
| ② 需要側・装置側 | スリーエム | 米国(MMM) | ホウ素10を濃縮した製品を販売する数少ない企業の1つ。売上に占める比率は開示なし |
| ③ 間接的にかかわる領域 | 半導体メモリ | — | ホウ素10を抜いた側の需要。ソフトエラー対策として使われます |
⚠️ この表は投資対象を推奨するものではありません。 濃縮ホウ素はどの会社にとっても事業の一部で、ステラケミファでも全社売上の3.1%です。
フクリの見方
濃縮ホウ素は、伸ばす事業から、売り先を作り直す事業に変わったという見立てです。
理由は1つです。この商売は新しい原子炉を建てるたびに大口で入る受注で成り立っていて、その建設をいちばんやっている国が、自分で作りはじめたからです。
「日本で唯一」は、強さの説明になっていません
「国内で唯一の技術」という言葉は、買い手が外にいるあいだだけ強さになります。
数字はすでにそう動いています。エネルギー部門は2,051百万円から1,135百万円へ44.7%減り、4Q単独では1,061百万円が16百万円になりました。直近の1Qも73.6%減です。
これらの数字が対象にしている期間は、すべて中国の設備が動いた2026年6月23日より前です。 内製化が効いたかどうかとは関係なく、すでにこの落ち方をしていました。
反対の材料も見ておきます
「中国の設備は原子力向けの品質認証で躓く」 ——これはありえます。原子炉に入れる材料の認証は時間がかかります。ただし認証する側も中国です。自国で建てる炉に自国製を入れる話なので、外国の承認を待つ構図にはなりません。
「日本・欧州・北米で埋まる」 ——会社自身がそう書いています。ただし日本は新設ではなく再稼働で、新しい炉を建てるときのようなまとまった需要にはなりにくい。欧州や北米の新設が本格的に動くのはもう少し先です。その間、穴が空きます。
それでも見立てを変えないのは、時間の順番がはっきりしているからです。 会社が「中国への販売が中心」とリスクを書いた有価証券報告書の提出が2026年6月18日、中国が設備を動かしたのがその5日後の6月23日。会社が心配していたことが、書いた直後に起きています。
株価は5月末から3割下げていますが、原因を中国に求めることはできません
ステラケミファの株価は、2026年5月31日の週に7,940円で高値を付け、直近は5,360円です。高値から32%下げています。
ただし下げは6月7日の週から始まっており、中国の設備が動いた6月23日より前です。この下落を中国の内製化で説明することはできません。
それでも、5月の決算発表で買われた水準を維持できていないことは事実です。
この見立てが外れる3つの条件
では、何を見ていればいいのか
| 見るもの | どこで | 何が分かるか |
|---|---|---|
| エネルギー部門の四半期売上 | ステラケミファの決算説明資料 | 2Qは2026年11月ごろの発表。ここで戻らなければ、この見立てどおり |
| 2027年3月期の「前期と同水準」 | 同上 | 下方修正が出れば、中国の穴が埋まっていないということ |
| ステボロニンの適応拡大 | ステラファーマの開示 | 再発髄膜腫と血管肉腫。2026年末ごろに承認の見込み |
| 中国の原子炉の新規承認 | 中国国務院常務会議の発表 | 承認が続くほど、内製化した設備の稼働率は上がります |
2Qの数字が出たら、この記事に結果を書き足します。
ひとつ釘を刺しておきます。濃縮ホウ素は全社売上の3.1%です。 この部門がゼロになっても、残りの96.9%は動きません。 題材として面白いことと、業績への効き方が大きいことは、別の話です。
同じことは他の材料でも起きています。日本が強いとされた硫化カルボニルも、ヨウ素も、握っているように見えて中身は違いました。レアアースでは、中国が量を握る一方で日本は「使わない材料」に賭けています。中国のDRAMが示したのは、買っていた国が作る側に回るまでの時間が、思ったより短いということでした。原子力そのものの供給網については火星へ原子炉を送る話でも触れています。
ホウ素10は、その一覧に新しく加わった1件です。
まとめ(3行)
情報源
- ステラケミファ「2026年3月期 決算説明資料」2026年5月14日(エネルギー部門の売上、濃縮設備の能力、濃縮ホウ酸の用途と利点):PDF
- ステラケミファ「2026年3月期第3四半期 決算説明資料」2026年2月12日(3Q累計、4Q出荷の遅れに関する記述):PDF
- ステラケミファ「2027年3月期第1四半期 決算説明資料」2026年8月6日(1Qのエネルギー部門売上):PDF
- ステラケミファ「第83期 有価証券報告書」2026年3月期(沿革、中国への販売集中とカントリーリスク、安全保障貿易管理):PDF
- ステラファーマ「第18期 有価証券報告書」(ホウ素10の濃縮とBNCT、ステボロニン、売上と損益):開示
- ステラファーマ「事業計画及び成長可能性に関する事項」2023年6月(ステラケミファが国内で唯一濃縮技術を有する旨、加速器メーカーとの連携):PDF
- 輸出貿易管理令別表第一及び外国為替令別表の規定に基づき貨物又は技術を定める省令 第4条第25号(濃縮ホウ素の規制):日本法令外国語訳DB
- Global Times「China launches high-purity boron-10 isotope production facility, achieving 99.7% enrichment」2026年6月25日(科技日報を引用。中国の設備稼働・規模・濃縮度):記事
- 科学技術振興機構 Science Portal China「中国が原発8基の建設を承認、『華竜1号』2.0を初採用」2026年8月1日:記事
- OSTI「A precise determination of the thermal neutron absorption cross section of B-10 and natural boron」(吸収断面積3,840バーン):文献
- Baumann et al.「Neutron-induced 10B fission as a major source of soft errors in high density SRAMs」(ホウ素10とソフトエラー):論文
- Infineon「Soft Errors and their Effect on Semiconductor Devices」(ホウ素11への置き換え):技術資料
- 日本原子力文化財団「日本の原子力施設の状況」2025年12月10日現在(審査を終えた加圧水型の一覧):資料
- 株価:Yahoo Finance 週次終値(2025年8月31日〜2026年9月4日)
本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の投資勧誘や投資助言を行うものではありません。投資にともなう最終的な判断は、ご自身の責任で行ってください。記載内容の正確性には努めていますが、その完全性・将来の結果を保証するものではありません。