同じ薬の後続品が、日本では2018年から、米国では2029年から——アムジェンが買った「審査中の特許」

📌 本記事は公開情報(裁判所への提出書類、当局の公表資料、各社のIR、報道、市場データ)にもとづく情報提供・解説であり、特定の銘柄の売買を勧めるものではありません。数値は特記なき限り2026年9月2日時点のものです。
米国で、10年前に承認された薬が、いまも売られていません。
争われているのは、薬ではなく買い物の中身です
アムジェンは2004年、ロシュから「まだ審査が終わっていない特許出願」の権利を買いました。 米連邦取引委員会(FTC)が、その買い物に意見を出しました。
何が起きているのか
用語を2つ置きます。
バイオシミラーは、バイオ医薬品の後続品です。化学合成の薬をそっくり真似る後発薬と違い、生き物の細胞でつくるため完全に同一にはできません。日本では「バイオ後続品」と呼びます。
特許出願は、特許庁に出しただけでまだ認められていない申請のことです。この段階では、権利はまだありません。 審査に通って初めて特許になります。
経緯
⚠️ これは係争中の事件です。 事実関係は原告側の主張を含み、裁判所が認定したものではありません。 結論はまだ出ていません。
なぜ独占が17年延びたのか
ポイントは、買ったのが「特許」ではなく「審査中の出願」だったことです。
出願は、審査の途中で書き直せます。アムジェンは権利を買ったあと、その出願を自分で補正して審査を進める立場に立ちました。 原告側は、エンブレルを最大限カバーするように出願が形づくられたと主張しています。
アムジェンの反論は「そもそも問えない」というもの
アムジェンは2つのことを主張しています。
- 審査中の出願を買う行為は、そもそも独占禁止法上の問題行為になりえない
- 買ったあと特許庁で手続きを進め、裁判所で権利を行使したのだから、ノア・ペニントンの法理で免責される
ノア・ペニントンの法理は、政府や裁判所に働きかける行為は独禁法で罰しない、という米国の考え方です。請願する自由を守るためのもので、たとえば競合を訴えること自体は違法にならない、という形で使われます。
FTCは、この2つのどちらも認めるべきでないと主張しました。 意見書は、審査中の出願の買い取りが、独占の維持や拡大につながる場合には独禁法違反になりうるという立場です。
⚠️ FTCは当事者ではありません。 意見書は裁判所に見解を伝えるもので、判断そのものではありません。
米国では、誰の損得になるのか
訴えているのは、患者でも後発品メーカーでもなく、保険者です。
原告はメリーランド州のケアファーストとその関連法人。従業員の医療費を負担する側で、高い薬を買わされたと主張しています。 同じ裁判官のもとで、サンドも別に訴えを起こしています。
エンブレルの売上は、すでに大きく減っています
| 売上 | 前年比 | |
|---|---|---|
| 2024年 | 33.2億ドル | — |
| 2025年 | 22.3億ドル | 33%減 |
⚠️ この減少はバイオシミラーが入ったからではありません。 アムジェンの説明では、340Bという公的な割引制度の対象が増えたことで、実質的な販売価格が36%下がったことが主因です。
つまり、独占が続いていても値段は下がっています。 独占が終われば、下がり方はもっと大きくなるとみられます。
薬の値段そのものについてはモデルナの時価総額が1日で440億ドル増えましたで、承認と価格が別々に動く様子を扱いました。FTCが医療分野に関与する別の例はAIを病院に入れる前に、門番の許可が要るにあります。
訴えられている側が、いちばん上がっています
サムスン・バイオエピスの持株会社は、上場が新しいため別の図にしました。
日本では、誰の損得になるのか
日本では、同じ成分の後続品が2018年から使われています。
持田製薬とあゆみ製薬が2018年1月19日、エタネルセプトのバイオ後続品の製造販売承認を取得しました。日本で承認された最初のエタネルセプト後続品です。
⚠️ 日米で結果が違う理由を、この訴訟だけで説明することはできません。 特許は国ごとに出願・審査され、有効期間も争い方も違います。ここで並べているのは、承認と販売の時期という事実だけです。
日本には、バイオ後続品を使わせる仕組みがあります
日本の公的医療保険では、同じ効き目でより安い薬に切り替えると、患者の負担も保険財政も軽くなります。 バイオ後続品はこの仕組みの中に置かれています。
米国で起きているのは、その手前の話です。 承認された後続品が2つあっても、特許で売れない期間が10年続いています。
日本の製薬会社が海外の薬で稼ぐ構図は武田薬品が米国で希少な血液がんの薬の承認を取りましたで、バイオテック全体の相場はAI一色の相場の裏で、バイオテック株が静かにで扱っています。
関連企業と日本の接点
確度で3段に分けています。
| 区分 | 企業 | 上場 | この件での位置 |
|---|---|---|---|
| ① 訴訟の当事者 | アムジェン | 米国(AMGN) | 被告。エンブレルの権利者 |
| ① 訴訟の当事者 | サンド | スイス(SDZ) | 原告の1つ。承認済みの後続品を売れずにいる |
| ① 訴訟の当事者 | ケアファースト | 未上場(非営利の保険者) | 原告。高い薬を買わされたと主張 |
| ① 訴訟の当事者 | サムスン・バイオエピス | 未上場(持株会社は韓国上場) | 承認済みの後続品を売れずにいる。個人がこの会社の株を直接買うことはできません |
| ② 制度の側 | FTC(米連邦取引委員会) | — | 2026年8月17日に意見書を提出。当事者ではありません |
| ② 制度の側 | 第4巡回区連邦控訴裁判所 | — | 審査中の出願の買い取りを独禁法で問えるかを判断する |
| ③ 日本側 | 持田製薬 | 東証(4534) | 2018年1月19日にエタネルセプト後続品の承認を取得 |
| ③ 日本側 | あゆみ製薬 | 未上場 | 同上。個人は直接買えません |
| ③ 日本側 | ファイザー | 米国(PFE) | 米国外でエンブレルを扱う |
株価は上の2つの図で見ています。
フクリの見方
この裁判で決まるのは1つの薬の話ではない、という見立てです。
理由は1つです。アムジェンの主張が通れば、「他社の審査中の出願を買って独占を延ばす」ことが独禁法の外に置かれます。 そうなれば、同じ手はどの薬でも使えます。
逆にFTCの主張が通れば、製薬会社が結ぶ特許の取引そのものが、あとから問われうるものになります。
「特許で守った」と「特許を買って延ばした」は違います
自分で研究して特許を取り、その期間だけ独占する——これは制度が想定していることです。問われているのはそこではありません。
他社が出していた、まだ通っていない申請を買い、それを自分の薬に合うように育てて権利にした。 原告が問題にしているのはこの経路です。
アムジェンは適法な取引だと主張しています。
「承認済みなのに10年売れない」が、この件の実態です
サンドの後続品は2016年8月30日に、サムスン・バイオエピスの後続品は2019年4月にFDAの承認を受けています。安全性も有効性も確かめられた薬が、2つ、棚の手前で止まっています。
止めているのは規制ではなく、特許です。
この見立てが外れる3つの条件
では、何を見ていればいいのか
| 見るもの | どこで | 何が分かるか |
|---|---|---|
| 第4巡回区の判断 | 裁判所の公表 | 審査中の出願の買い取りを独禁法で問えるかが決まります |
| エンブレルの四半期売上 | アムジェンのIR | 2025年は22.3億ドルで33%減。独占が続いても縮んでいます |
| サンドとサムスンの発表 | 各社のIR | 販売開始の時期が前倒しになるかどうか |
アムジェン側が勝てば、この見立ては外れます。 特許の取引が独禁法の外に置かれ、この構図はニュースですらなくなります。
まとめ(3行)
情報源
- 米連邦取引委員会「FTC Files Amicus Brief to Protect Competition in Biologic Drug Markets」(2026年8月17日提出・第4巡回区 No. 26-1473)
- バージニア州東部地区連邦地裁の決定(2025年9月30日・CareFirst of Maryland, Inc. ほか対 Amgen Inc.)
- Sandoz, Inc. v. Amgen, Inc.(2:25-cv-00218・2025年4月11日提訴)
- アムジェン「2025年第4四半期および通期決算」(2026年2月)
- FDA承認記録(Erelzi・2016年8月30日/Eticovo・2019年4月)
- 持田製薬・あゆみ製薬「エタネルセプトのバイオ後続品の国内における製造販売承認取得のお知らせ」(2018年1月19日)
- Yahoo Finance(株価の週次終値・2025年9月〜2026年9月2日)
本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の投資勧誘や投資助言を行うものではありません。投資にともなう最終的な判断は、ご自身の責任で行ってください。記載内容の正確性には努めていますが、その完全性・将来の結果を保証するものではありません。