時事

お金は25%増えたのに、人は3,600人減った——実験室の3分の1が空いたままのマサチューセッツ

2026.08.26 ・ 執筆:フクリ
お金は25%増えたのに、人は3,600人減った——実験室の3分の1が空いたままのマサチューセッツ

📌 本記事は公開情報(MassBioの公表資料、報道、市場データ)にもとづく情報提供・解説であり、特定の銘柄の売買を勧めるものではありません。数値は特記なき限り2026年8月26日時点のものです。

マサチューセッツのバイオ産業は、2025年に人を減らし、2026年に入ってお金が戻ってきました。

この2つは同じレポートに並んでいますが、見ている年が違います。 ここを混ぜると、数字が矛盾して見えます。

2026年8月25日に公表されたMassBio(マサチューセッツ・バイオ産業協議会)の年次レポートを、年で分けて読みます。

2025年:人が減りました

マサチューセッツは、米国のバイオ産業が最も集まっている州です。 ボストン近郊のケンブリッジには製薬大手の研究拠点が並び、大学発のベンチャーが次々に生まれてきました。

その州の雇用が、2025年に113,503人になりました。 前年から約3,600人、率にして3.1%の減少です。

MassBioの表現は「20年以上このデータを追ってきて、初めての年次減少」というものですリーマン危機のときも、コロナのときも減らなかった数字が、このとき減りました。

減り方には偏りがあります。 報道によれば、減少は研究開発に集中しており、その分野は3.9%減でした。州全体の3.1%より大きい——削られたのは、次の薬を作る側だったということです。

理由として挙げられているのは2つです。業界全体の逆風と、連邦の研究予算の不透明さ

2026年:お金が戻り、大手が採り始めました

ここから年が変わります。

2026年(レポート時点)
ベンチャー投資34.5億ドル(前年比+25%・全米の25%)
新規上場8社(2024〜2025年の合計と同水準)
M&A11件・180億ドル(前年同期76億ドル)

採用も戻り始めています。 報道によれば、イーライリリーは地元の従業員を540人から1,423人へ、2倍以上に増やしました。 サノフィ、バーテックス、ファイザー、アルナイラム、アッヴィ、バイオジェンも人を増やしています。

「3,600人減ったのに、リリーは883人増えている」——矛盾ではありません。

減ったのは2025年の実績、増やしたのは2026年に入ってからの話です。 時期が違うので、そもそも打ち消し合いません。

2026年に州全体でどうなったかは、この時点ではまだ集計されていません。 来年のレポートで出ます。

⚠️ 企業ごとの人数は、MassBioの発表そのものには載っていません。 報道で確認できたものに限っています。

それでも戻っていない2つ

お金が戻り、大手が採り始めた。それでも、元に戻っていないものが2つあります。

① 実験室が空いています

地域の実験室の約3分の1が、2025年時点で空いたままです。

実験室は、借りる会社があって初めて埋まります。 空いているということは、そこに入る組織が足りていないということです。

② 会社を作る段階のお金が小さいままです

シードは、会社をこれから作る段階の資金です。シリーズAは、ある程度形になった会社が次へ進むための資金です。

シリーズAの平均が7,960万ドルなのに対し、シードの平均は465万ドル。17倍の開きがあります。

投資の合計が25%増えても、その多くがシリーズA以降に向かっているなら、新しく会社が生まれる数は増えません。 会社が増えなければ、実験室を借りる人も、研究者を雇う人も増えません。

①と②は、同じことを別の側から見た数字です。

⚠️ 前年のシードの平均額は、MassBioの発表には載っていません。 シードが去年より減ったのかどうかは、この資料からは判断できません。

関連企業と日本の接点

この話は、特定の会社の業績というより、産業の構造の話です。 それぞれがどこに位置しているかを整理します。

企業・銘柄コードこの議論での位置参考株価(終値)
SPDR S&P バイオテックETFXBI(NYSE Arca)中小型バイオを広く含むETF。資本市場の回復を映す169.10ドル〈8/25〉
アレクサンドリア・リアルエステートARE(NYSE)ライフサイエンス向け実験室の大家。空室の影響を直接受ける52.90ドル〈8/25〉
イーライリリーLLY(NYSE)地元の従業員を540人から1,423人へ増やしたと報道1,233.66ドル〈8/25〉
モデルナMRNA(NASDAQ)人員を削減したと報道158.83ドル〈8/25〉
武田薬品工業4502米国本社をケンブリッジに置く。同州の当事者5,877円〈8/26〉

⚠️ この一覧は、話に関係する企業を整理したものであって、投資対象として推奨するものではありません。 各社は事業構成が異なり、この論点以外の要因でも業績と株価は動きます。米国上場の4銘柄を日本から売買するには、外国株を扱う証券口座が要ります。 株価は変動しますので、最新の値はYahoo!ファイナンスなどでご確認ください。

株価はどう動いてきたか。1年前を100として並べます。

バイオETFは指数188、イーライリリーは168。 一方で、実験室の大家であるアレクサンドリアは64です。

株を買う側の資金は戻り、実験室を借りる側の需要は戻っていない。 今回のレポートの数字と、同じ形をしています。

⚠️ モデルナは指数659(約6.6倍)で振れ幅が桁違いのため、図から外しています。 人員を削減した会社の株価が上がっている——ここでも、雇用と株価が同じ方向を向いていません。

フクリの見方

この記事の見立ては、「バイオの回復は、新しい会社を作る側にはまだ届いていない」というものです。

「回復した」と言われているのは、資本市場と大手の話です。 投資は25%増え、大手は採用を再開しました。その一方で、実験室は3分の1が空いたまま、会社を作る段階のお金は1件465万ドルのままです。

理由は1つです。 1件あたりの調達額が、シードで465万ドル、シリーズAで7,960万ドルと17倍開いているからです。

投資額の合計が25%増えても、それがシリーズA以降に集まっているなら、新しく会社が生まれる数は増えません。 会社が増えなければ、実験室を借りる人も、研究者を雇う人も増えません。

実験室の約3分の1が空いたままだという事実が、それを裏づけています。 場所が余っているのは、そこに入る組織が足りないからです。

雇用の減少が研究開発に集中していることも、同じ方向を指しています。 減っているのは製品を売る部門ではなく、次を作る部門です。

だから、この産業が本当に戻ったかを見るときに、投資額の合計を見ても分かりません。 シードの件数と金額、そして実験室の空室率——この2つが動いたときが、実際の底です。

この見立てが外れる条件

投資として見るときの注意

資本市場と実体が食い違う例は、これまでも扱ってきました。 バイオの株価が5年ぶり高値になった件はXBIが5年ぶりの高値圏に戻った、AIが創薬の道具になった件はAIが創薬を「道具」に変えた、資金の出し手が変わった件は医師のクリニックを買い集める取引で書きました。

数字は自分で確かめられます。 MassBioのレポートは無料で公開されています。「回復した」と聞いたら、何が回復したのかを分けて見る。 それだけで、話の中身が変わります。

まとめ(3行)

情報源

免責事項

本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の投資勧誘や投資助言を行うものではありません。投資にともなう最終的な判断は、ご自身の責任で行ってください。記載内容の正確性には努めていますが、その完全性・将来の結果を保証するものではありません。

フクリ
フクリ Fukuri編集部のナビゲーターです。海外の投資・経済ニュースを、一次情報にあたって日本の読者向けにまとめています。記事の企画・編集・公開の責任は、運営責任者が負っています。
← ホームに戻る