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クリニックの買収が4分の1に減った——米国の州が「会社に医療をやらせない」ための法律を作り始めた

2026.08.17 ・ 執筆:フクリ
クリニックの買収が4分の1に減った——米国の州が「会社に医療をやらせない」ための法律を作り始めた

📌 本記事は公開情報(州法の条文と法律事務所の解説、調査会社のデータを引く報道、市場データ)にもとづく情報提供・解説であり、特定の銘柄の売買を勧めるものではありません。数値は特記なき限り2026年8月17日時点のものです。

年851件が、上半期105件になりました。

投資ファンドが医師のクリニックを買い集める取引の数です。2021年がピークで、2026年は上半期だけで105件。同じペースが続くとして年210件、ピークのおよそ4分の1です。

理由は景気でも金利でもありません。法律です。

何が起きたのか

2026年8月17日、医療専門メディアのSTATが、医師診療所の経営を受託する事業(PPM)への投資が急減していると報じました。

期間取引件数
2021年(通年)851件(ピーク)
2025年(通年)2026年の年換算のおよそ2倍とされます
2026年上半期(6か月)105件

⚠️ 851件は通年、105件は半年ぶんです。 そのまま比べられません。105件を単純に倍にした年210件で見ると、ピークの約4分の1にあたります。

⚠️ この件数はPitchBookという調査会社のデータで、STATが引用したものです。元データは有料で、私は直接確認できていません。 件数の定義(何をもって1件と数えるか)も公開範囲では確認できませんでした。

一方で、州法の側は一次資料で確認できます。 そちらを軸に見ていきます。

PPM(Physician Practice Management)とは、医師の診療所の経営部分を外部の会社が引き受ける事業です。診察そのものではなく、請求事務、人事、設備、システムなどを担います。

「会社は医療をやってはいけない」という原則

米国には、日本ではあまり知られていない原則があります。

その原則には、長く使われてきた抜け道があった

では、なぜファンドがクリニックを買えていたのか。

会社が診療所そのものを持つのではなく、経営だけを受託する形にすれば原則に触れない、という設計が広く使われてきました。PC-MSO構造と呼ばれます。

⚠️ PCはProfessional Corporation(専門職法人)の略で、医師など有資格者だけが株主になれる法人です。MSOはManagement Services Organization(経営受託会社)。どの法人形態が使えるか、経営受託がどこまで許されるかは州ごとに違います。 全米共通の一つのルールがあるわけではありません。

PC-MSO構造そのものが違法だったわけではありません。 長年にわたり合法的に使われてきた形です。争点は、どこまでが経営で、どこからが医療かという線引きです。

なお、新しい州法の多くは、これから結ぶ契約を対象にしています。 すでに走っている契約にさかのぼって適用するか(遡及適用)は州によって扱いが分かれており、猶予期間を置く例もあります。既存の投資がただちに無効になるわけではありません。

州が抜け道を塞ぎ始めた

2025年から2026年にかけて、州が相次いで動きました。

動きステータス時期
マサチューセッツH.5159。PE・不動産投資信託(REIT)・経営受託会社への監督を拡大成立・施行済み2025年1月8日署名/4月8日施行
オレゴンSB 951。経営受託会社の所有・支配・運営に制限。全米で最も厳しいとされます成立2025年6月9日署名
カリフォルニアAB 1415。PE・ヘッジファンドの取引に届出義務成立・施行済み2025年10月11日署名/2026年1月1日施行

不動産投資信託(REIT)とは、不動産を持って賃料を稼ぐ上場ファンドのことです。病院や診療所の建物を買い上げて医療法人に貸し出す形が広がっていたため、監督の対象に加えられました。

さらに2026年に入って、7つの州が新たな法案を出しています。こちらは審議中で、まだ法律になっていません。

法案主な内容ステータス
バーモントH.583医療法人の禁止・PC-MSO規制・臨床判断への干渉禁止。100万ドル以上は事前通知🕓 審議中
ハワイS.B.3175重要取引の州監督。180日前の事前通知🕓 審議中
ペンシルベニアH.B.2115合併・買収の通知義務。120日前🕓 審議中
ロードアイランドH.B.7172株式10%以上を持つ投資家に開示義務。60日前🕓 審議中
ニューヨークS.B.9007取引後の継続報告と外部審査🕓 審議中
インディアナS.B.219反トラストの事前通知🕓 審議中
バージニアH.B.1458PEの影響を調べる作業部会。2026年11月1日に報告🕓 審議中

反トラストとは、競争を妨げる企業結合を規制する法分野です。日本の独占禁止法にあたります。ここでは「同じ地域の診療所を買い集めて価格支配力を持たせないか」を州が事前に見る、という趣旨です。

審議中の法案は、修正されることも廃案になることもあります。 上の表の下段は、いまの時点で「そういう方向の動きがある」という以上のことは意味しません。

執行も始まっています

  • カリフォルニア州司法長官が、歯科の経営受託会社と和解しました。新しい原則に違反したという指摘です
  • オレゴンでは、病院の運営者が州外の医師派遣会社との契約を取りやめました。 連邦裁判所の判事が、原則の回避にあたると述べたためです

この分野を扱う弁護士の言葉が、業界の受け止めをよく表しています。

これらの法律は、もう絵に描いた餅ではありません。本気で守る努力をしなければなりません。見て見ぬふりで通る時代は終わりました

原文では最後の一節に「砂に頭を埋める」という英語の言い回しが使われています。危険が迫っているのに顔をそむけて、見えないことにするという意味です。成立を待って様子を見る、という選択肢がなくなった——弁護士がそう言っている、と読めます。

日本は1950年から同じことを禁じている

ここが日本の読者にとって重要な点です。

日本では、株式会社が病院や診療所を開設することが原則として禁じられています。 医療法第7条が「営利を目的として」開設しようとする者に許可を与えないことができると定めており、1950年(昭和25年)の通知以来、株式会社による開設は認めない運用が続いています。

例外はあります。 医療法ができる前から続く会社立の病院(企業が従業員向けに設けた病院など)は経過的に存続しており、構造改革特区の自由診療という限られた枠もあります。禁じられているのは「株式会社が営利目的で新たに医療機関を開設すること」で、医療に関わる事業すべてではありません。

日本の制度が優れているという話ではありません。 参入を閉じれば、外部資本による設備投資や経営の効率化が進みにくくなるのではないかという指摘もあります。日本でも規制改革の議論の対象になってきました。

ここで言えるのは、日本の投資家が「米国のPPM銘柄」に相当するものを国内で探しても見つからない理由が、制度にあるということです。

関連企業と日本の接点

以下は「この論点に関係する企業」の整理です。規制の影響の受け方は、医師を直接抱えるかどうかで大きく違います。 その違いが見えるように並べました。

① 医師を多く抱える上場企業

企業(ティッカー)この話での位置
ユナイテッドヘルス・グループ(UNH・米NYSE)傘下のOptumが米国最大級の医師組織を抱えます。規制の議論で最も名前が挙がる側です
シグナ(CI・米NYSE)医療保険大手。傘下に薬剤給付管理などを持ちます

② 買い集める側(PE大手)

企業(ティッカー)この話での位置
KKR(KKR・米NYSE)ヘルスケアを含む幅広い分野に投資
ブラックストーン(BX・米NYSE)同上
アポロ・グローバル・マネジメント(APO・米NYSE)同上

⚠️ いずれも米国の取引所に上場しており、日本の取引所には上場していません。 また、この一覧は投資対象として推奨するものではありません。PE大手にとって医師診療所は事業の一部であり、業績全体がこの規制で決まるわけではありません。

③ 5社の株価は、この2年どう動いたか

医師を多く抱える2社が大きく下げました。 ユナイテッドヘルス68、シグナ78です。一方でPE大手はアポロ121・ブラックストーン101・KKR89とばらついています。

この差をCPOM規制だけで説明することはできません。 ユナイテッドヘルスの下落には公的保険の収益悪化や当局の調査など、この記事とは別の大きな要因が報じられています。ここで読み取れるのは「医師を直接抱える側と、投資する側で、この2年の動きが分かれた」という事実だけです。

フクリの見方:投資テーマを止めるのは、たいてい景気ではなく制度です

見立て

この件は、医療PEというテーマが割高になって終わった話ではありません。事業の前提そのものが、法律で書き換えられた例です。

理由は、もう執行が始まっていることにあります。

法案が並んでいるだけなら、業界は成立を待って様子を見ればいい。そうなっていません。

カリフォルニア州司法長官が、歯科の経営受託会社と和解した
オレゴンでは連邦裁判所の判事が「原則の回避にあたる」と述べ、病院の運営者が医師派遣会社との契約を取りやめた

審議中の州がまだ7つある一方で、先に動いた州では現実の取引がもう変わっています。「様子を見る」が選べなくなった——それがこの件の本質です。先ほど引いた弁護士の「見て見ぬふりで通る時代は終わった」は、そこを指しています。

件数の落ち方も同じ時期に起きていますが、それだけで因果を示すことはできません。 金利や診療報酬、買収価格の水準といった要因がどれだけ効いたかは、州別・期間をそろえた取引データがないため切り分けられません。ここで言えるのは「時期が重なっている」ところまでです。

反対の見方もあります。 高すぎる値段が付いていた反動、金利上昇、医療費抑制など、規制以外の要因も同時に働いていた、という読み方です。

それでもこの見立てを変えないのは、州が手をかけた場所が「値段」ではないからです。 取引の前に届け出よ、経営受託の中身を制限する——州が触れているのは、取引の実行そのものです。

値段の問題なら、安くなれば買い手は戻ります。組み方が禁じられれば、安くなっても戻りません。

この見立てが外れる条件

何を見ていればいいのか

見るものどこで見られるかどう読むか
オレゴンSB 951の適用状況州の公表資料・法律事務所の解説既存の契約は2029年1月1日までに適合が要ります
2026年の州法案の行方各州議会バーモントH.583など、成立するか廃案か
執行の事例各州司法長官の発表和解・提訴が増えるか

まとめ(3行)

情報源

免責事項

本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の投資勧誘や投資助言を行うものではありません。投資にともなう最終的な判断は、ご自身の責任で行ってください。記載内容の正確性には努めていますが、その完全性・将来の結果を保証するものではありません。

フクリ
フクリ Fukuri編集部のナビゲーターです。海外の投資・経済ニュースを、一次情報にあたって日本の読者向けにまとめています。記事の企画・編集・公開の責任は、運営責任者が負っています。
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