量子は「いつ実用化するか」より「誰が発注するか」——中国が国費で買い手を作っている

📌 本記事は公開情報(ChinaTalk掲載の分析、中国の政策文書に関する報道、各社発表)にもとづく情報提供・解説であり、特定の銘柄の売買を勧めるものではありません。数値は特記なき限り2026年8月13日時点のものです。
量子コンピューターの記事は、たいてい「いつ実用になるのか」という問いで書かれます(→量子コンピューターとは)。
2026年8月12日、米中テック政策のメディア「ChinaTalk」が別の角度から書きました。中国がやっているのは、技術を待つことではなく、買い手を先に用意することだという指摘です。
量子が「未来産業」の筆頭になった
中国は5年ごとに国の計画を作ります。第15次五カ年計画(2026〜2030年)で、量子技術は「未来産業」の第1位に置かれました。
これは順位の話ではなく、何が付いてくるかの話です。 報道によれば、この位置づけには次のものが伴うとされます。
| 付いてくるもの | 意味 |
|---|---|
| 政府調達の優先 | 国や自治体が買う側にまわります |
| 製造への補助 | 作る側の費用を国が支えます |
| 応用の展開を求める | 使う場所を政策として用意します |
3つ目が、この記事の主題です。 中国が国の計画で産業を立ち上げていく手口そのものは、中国のAI戦略や東数西算でも見てきた形です。
買い手を政府が作るという発想
新しい技術が世に出るとき、ふつうは技術が良くなる → 使いたい人が現れる → 市場ができるという順に進みます。技術が押す形です。
中国が試しているのは、この順番を逆にすることです。
象徴的なのが、安徽省の合肥という都市で進む「千のシナリオ」という取り組みです。地方政府が、量子技術の会社と地元の産業のあいだに立って仲を取り持ちます。 産業側が抱える困りごとを持ち込み、量子の会社が解けそうなら発注につなげる、という形です。
目標は2030年までに3,000の応用を作ること。⚠️ この「応用」が実証実験なのか、実際に代金が支払われる調達なのかは、報じられている範囲では区別されていません。 用途を用意することと、契約が結ばれることは別です。
⚠️ これは「うまくいく」という話ではありません。 政府が用意した需要は、本当に価値があるかどうかを市場が試していない需要でもあります。補助が切れたら残らない用途も混じります。
数字で見る中国の量子
規模感をつかむために、報じられている数字を並べます。
| 項目 | 数字 |
|---|---|
| 国の創業投資引導基金が3つの地域ファンドに配分した額 | 1,218億元(約175億ドル) |
| 中国の量子計算市場(2025年) | 115.6億元(約16億ドル)・年30%超の成長 |
| 量子関連の企業数 | 2023年 93社 → 2024年 153社 |
| 2024年にこの分野へ入った投資 | 462.7億元(約64億ドル) |
⚠️ これらは中国側の集計にもとづく数字で、定義や集計範囲が国ごとに違う点に注意が必要です。
すでに売れている製品もあります。 中性原子という方式の100量子ビット機「漢原1号」は2025年に商用販売に入り、買い手にはパキスタン政府が含まれると報じられています。
量子コンピューターには作り方がいくつかあり、超伝導(極低温に冷やす。IBMやGoogleが採用)、イオントラップ(イオンを電磁場で捕まえる)、中性原子(電気を帯びていない原子をレーザーで並べる)などがあります。どれが本命かはまだ決着していません。 中国では中性原子の採用が目立つ、というのが今回の分析の指摘です。方式が決まらないうちは、半導体のように設備や部材の勝ち筋も定まりません。
関連企業と日本の接点
⚠️ この記事に出てくる中国の量子企業は、大半が未上場か中国本土に上場しており、日本の個人投資家が直接買える対象ではありません。 以下は「この分野で事業を行っている企業」の整理です。
① 米国に上場している量子計算の専業3社
| 企業 | 方式 | 位置づけ |
|---|---|---|
| IonQ(IONQ・米NYSE) | イオントラップ | 量子計算の専業。日本の取引所には上場していません |
| リゲッティ(RGTI・米ナスダック) | 超伝導 | 同上 |
| D-Wave(QBTS・米NYSE) | 量子アニーリング等 | 同上 |
② 量子に取り組む大手(本業は別)
IBM、Google、Microsoftなどが量子計算の研究開発を進めています。ただし各社にとって量子は事業の一部であり、株価が量子だけで動くわけではありません。
③ 日本の接点
日本でも国の戦略として量子技術が位置づけられ、理化学研究所と富士通の共同開発など、開発の取り組みがあります。ただし本記事が扱ったような「政府が用途と発注を先に3,000個そろえる」という需要側の仕組みは、日本では同じ形では行われていません。
量子3社の株価が示すもの
米国に上場している量子専業3社の株価を、1年前を100として指数にそろえたのが次の図です。
1年前と比べた水準は95〜112。ほとんど動いていません。 それなのに途中では、リゲッティが一時279(1年前の約2.8倍)まで上げ、その後68まで下げた銘柄もあります。3社とも同じ時期に上げ、同じ時期に戻しました。
⚠️ この値動きの原因を特定することはできません。 各社の決算、資金調達、業界全体のニュースなど、要因は複数あります。
それでも1つ言えることがあります。 技術が1年で3倍良くなったわけでも、3分の1に悪くなったわけでもありません。株価だけで要因を比べることはできませんが、この振れ幅が業績の変化と対応していないことは確かです。
フクリの見方:見るべきは技術の完成度ではなく、発注が制度として用意されているか
「量子で追うべきは実用化の時期ではなく、買い手が制度として用意されているかどうかだ」という見立てです。
理由は1つです。技術が完成するより先に、発注があれば会社は回るからです。合肥の「3,000の応用」は、まさにそれを行政の仕事として組んだものです。売上が先に立てば、企業は技術を磨く時間を買えます。
期待は続報がなければしぼみますが、発注は帳簿に残ります(→受注残とは)。同じ「政府の予算が産業を動かす」構図は、ゴールデンドームの記事でも扱いました。
産業として追うなら、何を見るか
| 見るもの | どこで分かるか | 何が言えるか |
|---|---|---|
| 各社の受注残・契約の発表 | 四半期決算・プレスリリース | 期待ではなく実需がどれだけ積み上がっているかが分かります |
| 政府調達の実績 | 各国の入札・調達情報 | 「研究予算」と「買う予算」は別物です。後者が付いているか |
| どの方式が採用されているか | 導入事例の発表 | 超伝導・イオントラップ・中性原子のどれが選ばれているか。方式が決着すれば勢力図が変わります |
逆に、受注残が伸びないまま株価だけが上がっていくなら、この見立ては役に立ちません。
この見立てが外れる条件
まとめ(3行)
新しい技術を追うとき、「いつできるか」より「誰が買うか」のほうが早く答えの出る問いであることがあります。いっしょに見ていきましょう。
情報源・参考
- ChinaTalk「China’s Quantum Flywheel」(2026年8月12日・Lily Ottinger氏。政策の道具立て、合肥の「千のシナリオ」、科学が押す形から産業が引く形への転換):chinatalk.media
- 第15次五カ年計画における量子の位置づけ(未来産業の第1位、政府調達の優先・製造への補助・応用展開):postquantum.com
- 中国の量子分野への投資(国の創業投資引導基金1,218億元=約175億ドルを3地域ファンドへ、市場規模115.6億元、企業数93社→153社):china-briefing.com
- 中性原子方式の動向および「漢原1号」の商用販売:postquantum.com
- 株価は週次終値(2025年8月〜2026年8月)をFukuriが集計。指数は1年前を100とした相対比較です。
本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の投資勧誘や投資助言を行うものではありません。投資にともなう最終的な判断は、ご自身の責任で行ってください。記載内容の正確性には努めていますが、その完全性・将来の結果を保証するものではありません。